初夏の尾瀬を歩く   

2003年7月
   その2

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尾瀬紀行
(尾瀬を最初に紹介した武田久吉氏の尾瀬紀行)

これぞ尾瀬


<第二日目>

 午前5時、カッコーの鳴き声に起こされる。真に森の朝。昨夜来の雨は止んだようだが、外はどんよりと曇っている。

下田代の山小屋群

早朝5時50分下田代・弥四郎小屋の後ろは雲の燧ケ岳

 朝食前、下田代湿原を散策。雲が低く垂れ込め周囲の山をおおっているが、中空に青空が見えた。どうやら天候の心配をしなくてすみそうだ。

弥四郎小屋朝食

朝食で神戸からの尾瀬人と・・・橘高氏撮影



<<三条の滝へ>>

早朝の下田代湿原 弥四郎清水を水筒に詰めて早朝6時50分出発。
 午前中の目的地は難所・三条の滝。昨日は霧の中にあった赤田代への木道も、今日は視界が開けている。東電小屋への分岐もやり過ごし、30分ほどで温泉小屋へ到着。小屋の前は宿泊客の出発時間に重なり混雑の様相。


 温泉小屋で快く荷物を預かってもらった。山道を身軽に歩けるのでありがたい。双眼鏡を首にかけ、携帯雨具とカメラをポケットに突っ込んでさあ出発だ。ガイドブックの案内によれば往復3時間の道のりだが、山道であり、雨が降ったらそうはいかないだろうと読んだ。天気予報は晴れと告げていたが、変わりやすい山の天気だ。何が起こるかわからない。

 昨夕風呂でいっしょになった神戸からのハイカーは「三条の滝に行ったことがあるんやけど、そのとき途中で鉄砲水に逢い、命からがら戻ってきましたのや。」と恐怖体験を語ってくれた。彼のことばはわたしたちに十分な脅威を与えたが、慎重にいこうという自覚ももたらした。




<ぬかるんだ悪路 また楽し!>

 実際にこの道はそうとうな悪路で、お年寄りの女性には少々厳しいかもしれない。ぬかるみやザレ場はまだいいとしても、急斜面のはしごやクサリは高所恐怖症の方にはこのうえなく危険だ。滑らないように足元をきちんと固めながらの三点歩行を励行。危険な場所では一歩一歩ゆっくりと・・・。

 初めての山はどんな山でも不安がつきまとう。その意味で先に出発したグループがあることは、安心感をもたらす。それは足跡で確認できた。しかも靴が小さいから女性である。「昨日の足跡は、昨夜の雨で消えてしまったから、この靴の跡は今朝先にいった人のもの。」冷静な分析である。ぬかるみの道の上り下りをくりかえし山中に分け入った。


 さて、尾瀬沼から流れ出た沼尻川は、尾瀬ヶ原を流れるヨッピ川と合流し只見川となって奥只見湖へと流れ込む。途中二つの魅力的な滝が待っている。それらの滝がこの朝の目的地。
 平滑(ひらなめ)の滝は花崗岩の大岩の上を400m滑るように流れ落ちる。ただ、この滝は上から見ているだけでは滝という感じがしない。

平滑滝7時43分


 それだけに、たどり着いた三条の滝の壮観さは目を見張るものがあった。最後の木はしごを慎重に下りた小広場から、大きく張り出した観瀑台に出た。いきなり、ものすごい景観が迫ってきた。ど迫力である。 

三条の滝・安山岩の滝

三条の滝 滝つぼに落ちる轟音が聞こえますか?

 70mの高さから膨大な水量が爆音を立てて一気に落下する。春先は雪解け水と梅雨の降水を集めてその水量が増すから、壮観さを越してすさまじいばかりだ。滝つぼに落ちて舞い上がった水滴は細かな霧となって観瀑台をおおう。しばし滝のオーラを浴びながらたたずむ。

 何時までも余韻にひたっていたい気持ちだが、15分の観瀑で引き返した。

 実はお昼の弁当を弥四郎小屋に忘れてきた。一大事。

 当初のヨッピ橋から竜宮十字路に出る予定を変更し、下田代でお弁当をピックアップしてから竜宮に向かうことにした。


<<再び弥四郎小屋、そして竜宮へ>>

 弥四郎小屋に午前10時帰還。大混雑。

 下田代にある弥四郎小屋は尾瀬の交通の要衝。すべての道は下田代に通ず、といっても過言ではない。古代のローマ、広域・東京で言えばさしずめ新宿か池袋あるいは東京駅といったところ。

 この時間にもう昼食らしきお弁当を広げているグループも多い。それもそのはず。山の朝は早い。前泊の尾瀬沼東岸を7時に出発したとして、沼尻を経由してこの下田代まですでに3時間を歩いている計算になる。また深夜バスで早朝鳩待峠に着いて歩き始めたみなさんも数時間を歩いており、お腹も空くはずである。そんな山好きのトレッカーが集まった弥四郎小屋の広場。和気藹々の昼食風景は喜ばしくすらある。

 わたしたちも空腹感を覚えていたが、「まだ時間が早いからもう少し歩こう。」ということになった。

竜宮よりワタスゲと至仏山 下田代から竜宮小屋までの30分の歩行は、尾瀬ヶ原で一番落ち着ける時間かもしれない。後ろに燧ケ岳、前方はるか彼方に至仏山を眺め、右も左も大きく広がる豊かな湿原。微風の中、白いワタスゲが涼しげにゆれている。

 アジサイの鮮やかなほの暗い林を通って、沼尻川の橋を渡ると下田代から中田代に移り、それまでの福島県から群馬県にはいる。



<尾瀬ヶ原が混んできた・・・昼食>

 10時50分竜宮小屋到着。ここもお弁当を広げる人たちでたいへんな混雑。わたしたちも昼食になった。弥四郎小屋のアルバイトのお姉さんたちが握ってくれたお握り二個とお稲荷さん。リュックの中の鯖や牛肉の缶詰が豊かな味を添える。

尾瀬に咲くニッコーキスゲ鮮やか 次の行程を打ち合わせしていると、隣に座ったご夫婦から問いかけられた。まず一声。「みなさん、お元気ですねえ。」「わたしたちは病み上がりで・・・・ところで、ここからヨッピ橋を抜けて3時までに鳩待峠に戻れますか?」の質問。「山の鼻に1時までに着くように歩けば、楽にいけると思いますよ。」と返事。彼女の話しぶりでは、朝から湿原に入り、日帰りの様子。団体バスで来ているから時間にしばられるが、この方法も気楽でいいと思う。尾瀬ヶ原の中を歩く限りは、どこを歩いても平坦で、気持ちよく歩ける。病み上がりでも問題はない。



<<難所・アヤメ平への上り>>

 アヤメ平にはまだ尾瀬の女王・水芭蕉が残っている。

 実は昨晩の弥四郎小屋での夕食の際、隣で食事していた尾瀬フリークらしい女性の話に口を挟んだ。彼女たちは尾瀬通いを繰り返しているようで、燧ケ岳や至仏山にも登った経験があるらしい。尾瀬に詳しい彼女たちからいろいろなことを聞き出そうとしたのだが、その口から悪魔的な一言が発せられた。「水芭蕉が残っている」と。わたしたちは敏感にそのことばに反応した。「じゃあ、予定を変更してアヤメ平にも行こう。」と。
 その一言により二日目は予期しない大汗をかくことになってしまった。


 尾瀬ヶ原からアヤメ平へ登る道は二つ。下田代十字路から八木沢橋を経由する八木沢道と、竜宮十字路から登る長沢新道とがある。いずれも上りはきついだろうと予測できたが、行程の短い長沢新道を選んだ。

 竜宮では最後の尾瀬ヶ原の光景を入念にカメラに収め、いざ登攀開始。お握りをお腹に詰め込んで元気はよかった。しかし・・・・・。

中間点 この長沢新道の中盤の数キロは足場の悪い急坂の上り坂。高低差500mを一気に登る。木道もなくなり足元は瓦礫、徐々に勾配がきつくなる。中間の「土場」付近では足の疲れは感じなかったが、ハーハーゼーゼーと心臓が苦しい。ところどころ小休止をくりかえす。

 終盤、念願の白い水芭蕉を見つけた。この水芭蕉は疲れた体に一服の清涼剤となったが、けっきょく水芭蕉はこのあたりで数本見かけただけであった。



<<富士見田代から終点・鳩待峠へ>>

 富士見峠とアヤメ平が分岐する富士見田代にやっとたどり着いたときには、さすがにほっとした。

富士見田代・地塘に浮かぶ逆さ燧

 富士見田代の開けた空間はすばらしかった。途中の登りが見通しのきかない林であったためになおさら印象を強くした。小さな池塘の水面に燧ケ岳が逆さに映り、そのかたわらにショウジョウバカマやチングルマの群落を見つけた。後ほど富士見小屋の亭主に教えてもらったが、水の中にサンショウウオの卵が白い大きな塊となっていた。



サンショウウオの卵



 1時20分、富士見小屋で休憩。

 水分の補給にビールをいただく。最難関の上りを終えて安らかな時間である。あとは2000m近い高層湿原「アヤメ平」を散策しながら起点の鳩待峠に戻るだけ。冷えたビールが疲れた心身を癒してくれた。

 富士見小屋からアヤメ平、中原山(最高点:1969m)を経由して横田代までが1時間。そこから鳩待峠まで1時間。

 アヤメ平は清らかな水をたたえる大小の池塘が点在する美しい湿原だが、昭和30年代の尾瀬ブームですっかり荒廃し、少し前まで入山を許されなかった。

アヤメ平湿原修復の努力

植生復元のため筵がかぶせられた湿原

 現在懸命に湿原再生の作業が行われていて、少しずつ緑が戻ってきているが、以前の状態まで復元するには50年から100年はかかるようだ。それほどアヤメ平は痛めつけられてしまった。大事にしてあげなくてはと思うのはわたしだけではない。

高層湿原よりの見晴し

 アヤメ平の尾根道からの眺望はこの旅随一といっていい。今別れてきた富士見小屋の青い屋根が真下に見え、左前方に富士見下から戸倉・片品に下る谷が続き、はるか彼方には日光連山の山並みまで見渡すことができる。晴れていてよかった。

アヤメ平最高点・中原山にて

中原山にて同行の橘高氏と稲葉氏・・・下山地の鳩待峠まであと4.3km

 熊笹に囲まれた中原山で記念写真を撮って、やがて横田代へ。ここはなだらかな斜面に大・中・小の3つの湿原が連なっており、木道がそれをまっすぐに貫いている。至仏山が迫ってきた。ワタスゲが一面に咲いているが、尾瀬ヶ原に比べたら咲きかたがまばらである。高所にあるだけ、開花が遅れるのだろうか。

横田代の池塘

 先ほど木道のテラスで休んでいた単独行の女性が、ゆっくり歩くわたしたちを追い抜いていった。「歩きが慣れている。そうとうなベテランだ。」あるいは名のあるアルピニストだったのかもしれない。

 樹林帯の熊笹の道をひたすら下ること1時間。鳩待休憩所の屋根が見えた。最後の階段を下りてゴール地点に到着。二日間およそ5万歩の歩み、ごくろうさまでした。

 帰り道、老神温泉「吟松亭」の極上の湯で汗を流し、東京まで突っ走り、今回の旅は終わったが・・・。

<続く> 「尾瀬その3」へ

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